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バ/ク/マ/ン。の福田と蒼樹、新妻と岩瀬の二次創作を中心に公開しております。
苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
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いつの間にか夏が終わり、秋がはじまっている。
少し前までの暑さが夢のようだ。
久しぶりに袖を通した長袖のブラウスに違和感を覚えながら、蒼樹は家路を急ぐ。
両手に下げた紙袋が重い。
打ち合わせで渋谷まで出たついで、つい買い物をしていたら、随分と時間が過ぎていた。
夕飯の支度は間に合うだろうか。
彼は支度が遅れたからといって文句を言うような人ではないけれど……我慢できずにカップラーメンのストックを出してしまう可能性はないとも、言い切れない。
出来ればそれは避けたい。
急がなくては。少し歩調を早める。
小走りに進む彼女の頬を、秋の空気が撫でる。
ひんやりと澄んだ風が心地よくて、目を細めた。
(……空が……高いわ……)
ふと立ち止まり、見上げた空は秋の夕暮れ。
薄雲の隙間から、名残の太陽の光が差し込んでいる。
線路脇に生えたススキが、風に揺れる。
何て綺麗なのだろう。
と、背後から影が近づいた。細長い影は、彼女に向かって伸びていく。
空に見惚れる蒼樹は気付かない。
「……だーれーだ?」
声と共に、いきなり。
背後から目隠しをされた。
視界を塞がれた蒼樹は動転し、両手に持った荷物を取りおとす。
「……きゃああああああ!?」
「!?」
蒼樹が悲鳴をあげると、反応に驚いたのだろう。彼女の目元を塞ぐ手の平が強張った。
「だれか……誰かぁ!助けてくださいぃぃ!」
蒼樹がひるまず悲鳴を上げ続けると、背後の人物は、慌てて手を離した。
「ちょっ、優梨子っ!?俺だ、俺!」
「……え……?」
聞き覚えのあるその声に、蒼樹は叫ぶのをやめた。
「……しんた、さん?」
おそるおそる振り返ると、案の定。
両手をあげホールドアップの姿勢で固まった彼女の夫――福田真太が立っていた。
「でっけぇ声だすんじゃねぇよ。痴漢かと思われるだろ」
「痴漢かと思ったのです!」
あー耳痛ぇ。悪びれた様子もなく、彼は小指で耳の穴をかっぽじる。
「ったく、ダンナの声ぐらい、聞き分けろよなぁー」
蒼樹と付き合うようになっても、結婚しても、福田は相変わらずだ。相変わらずのデリカシーのなさ。
少年めいた悪戯で、彼女を困らせる。
「あの状態で、聞き分けられるはずがないでしょう!?心臓が止まるかと思ったんですから!」
少しは学習してください!
蒼樹の愚痴を、福田は面倒そうに受け流す。
「あー。わかった、わかった。悪かったよ」
そして全く心のこもらない謝罪の言葉を口にして、彼は身を屈める。蒼樹の取り落とした紙袋を、拾う。
「あ」
荷物の重さを知る蒼樹が制止するよりも早く、手にした福田が驚きの声をあげた。
「何だこれ、すっげぇ重い」
本屋の帰りに画材屋に寄ったのが運のつきで、気づけば大荷物になっていた。
「つい、買いすぎてしまいまして」
「よくその細腕で、持っていられたな」
「じ、自分で、持ちますから」
蒼樹が慌てて手を伸ばすと、福田はいいよ。と先に立って歩きはじめた。
「これくらい、頼れよ」
事もなげに荷物を持つ両腕の力強さ。
夕日の当たった背中の広さが、眩しい。
「……ありがとうございます……」
はっとして、慌てて追いかける。
彼の隣に並び、ちらりと福田を見上げる。
尖り気味の顎に、薄い唇。通った鼻梁に切れ長の三白眼。
目元に落ちかかる睫毛は、意外に長い。
(……福田さんは、私の夫なのだわ)
改めてそう思うと、胸の奥が苦しくなった。
苦しくて切なくて、嬉しくて泣きだしてしまいそうな、堪らない不思議な気持ちになった。
彼の横顔の向こう、空は茜に染まり、ピンク色の雲がたなびいている。
……とても、綺麗だ。
「何睨んでんだよ。謝っただろ」
じっと見ていたら誤解された。
「真太さんを見ていたわけではありません。空に見惚れていたのです」
その言葉には、半分の嘘と半分の本当が混ざっている。
「ああ。たしかに、綺麗な空だな」
蒼樹の言葉に、福田が空に視線をうつす。
「はい」
こうして二人並んで眺める空は、それだけでも特別だ。
彼と同じものを見て、同じものを綺麗だと感じる。
そんな未来があり得るなんて、想像もしていなかった。
「……ひとつぐらい、自分で持ちます」
そういうと蒼樹は、福田の左手から荷物を奪った。
「あ?遠慮すんじゃねーよ、これくらい……」
「いいんです」
荷物を左手にまわし、空いた右手で、彼の左手をえいと掴む。
「うおっ!」
蒼樹の行動に、福田は大げさに驚いた。
「こうして行きましょう」
「…………」
彼は何か言いたそうに蒼樹を見たが、蒼樹が満面の笑みで見返すと、口を噤んだ。
「……まぁ、いいか」
仕方ない、と顔にかいたまま、福田は左手の指を蒼樹の右手の指に絡める。
彼の顔が赤らんでいるのは、夕日のせいだけではない筈だ。
福田と付き合いだしてから、結婚してから知ったことが、いくつかある。
何事にも押しの強い福田だが、恋愛に関してだけは、そうでもない。広島のロミオ、だなんてうそぶいていたけれど、恋愛経験は、あまりないのかもしれない。
彼の優しさが不器用でぎこちないのは、そのせいなのだろう。
「ネーム、進んでんのか?」
尋ねられて、頷く。相変わらず会話のほとんどは漫画についてだ。
けれどそんな彼が、蒼樹は好きだ。
「はい。三話まで、描き終えました」
何度目かの挑戦になる連載会議まで、あと少し。
今度こそは、必ず通る。通ってみせる。
「絶対に、通ってみせます」
「お、頼もしいな」
蒼樹の言葉に福田が笑う。
枯れ落ちた銀杏の葉がカサカサと音を立て、足元にまとわりつく。秋の気配の漂う街を、福田と二人手をつないで歩く。
「俺もうかうかしてらんねーな。負けないように頑張らねーとな」
「そうですよ。気を抜かず頑張ってくださいね。すぐに、追いぬいてみせますから」
繋いだ手の感触が暖かくて、優しくて、くすぐったい。
幸せで、幸せで、思わず笑みが漏れてくる。
このぬくもりがある限り、蒼樹は強く、立ち向かっていける。
少し前までの暑さが夢のようだ。
久しぶりに袖を通した長袖のブラウスに違和感を覚えながら、蒼樹は家路を急ぐ。
両手に下げた紙袋が重い。
打ち合わせで渋谷まで出たついで、つい買い物をしていたら、随分と時間が過ぎていた。
夕飯の支度は間に合うだろうか。
彼は支度が遅れたからといって文句を言うような人ではないけれど……我慢できずにカップラーメンのストックを出してしまう可能性はないとも、言い切れない。
出来ればそれは避けたい。
急がなくては。少し歩調を早める。
小走りに進む彼女の頬を、秋の空気が撫でる。
ひんやりと澄んだ風が心地よくて、目を細めた。
(……空が……高いわ……)
ふと立ち止まり、見上げた空は秋の夕暮れ。
薄雲の隙間から、名残の太陽の光が差し込んでいる。
線路脇に生えたススキが、風に揺れる。
何て綺麗なのだろう。
と、背後から影が近づいた。細長い影は、彼女に向かって伸びていく。
空に見惚れる蒼樹は気付かない。
「……だーれーだ?」
声と共に、いきなり。
背後から目隠しをされた。
視界を塞がれた蒼樹は動転し、両手に持った荷物を取りおとす。
「……きゃああああああ!?」
「!?」
蒼樹が悲鳴をあげると、反応に驚いたのだろう。彼女の目元を塞ぐ手の平が強張った。
「だれか……誰かぁ!助けてくださいぃぃ!」
蒼樹がひるまず悲鳴を上げ続けると、背後の人物は、慌てて手を離した。
「ちょっ、優梨子っ!?俺だ、俺!」
「……え……?」
聞き覚えのあるその声に、蒼樹は叫ぶのをやめた。
「……しんた、さん?」
おそるおそる振り返ると、案の定。
両手をあげホールドアップの姿勢で固まった彼女の夫――福田真太が立っていた。
「でっけぇ声だすんじゃねぇよ。痴漢かと思われるだろ」
「痴漢かと思ったのです!」
あー耳痛ぇ。悪びれた様子もなく、彼は小指で耳の穴をかっぽじる。
「ったく、ダンナの声ぐらい、聞き分けろよなぁー」
蒼樹と付き合うようになっても、結婚しても、福田は相変わらずだ。相変わらずのデリカシーのなさ。
少年めいた悪戯で、彼女を困らせる。
「あの状態で、聞き分けられるはずがないでしょう!?心臓が止まるかと思ったんですから!」
少しは学習してください!
蒼樹の愚痴を、福田は面倒そうに受け流す。
「あー。わかった、わかった。悪かったよ」
そして全く心のこもらない謝罪の言葉を口にして、彼は身を屈める。蒼樹の取り落とした紙袋を、拾う。
「あ」
荷物の重さを知る蒼樹が制止するよりも早く、手にした福田が驚きの声をあげた。
「何だこれ、すっげぇ重い」
本屋の帰りに画材屋に寄ったのが運のつきで、気づけば大荷物になっていた。
「つい、買いすぎてしまいまして」
「よくその細腕で、持っていられたな」
「じ、自分で、持ちますから」
蒼樹が慌てて手を伸ばすと、福田はいいよ。と先に立って歩きはじめた。
「これくらい、頼れよ」
事もなげに荷物を持つ両腕の力強さ。
夕日の当たった背中の広さが、眩しい。
「……ありがとうございます……」
はっとして、慌てて追いかける。
彼の隣に並び、ちらりと福田を見上げる。
尖り気味の顎に、薄い唇。通った鼻梁に切れ長の三白眼。
目元に落ちかかる睫毛は、意外に長い。
(……福田さんは、私の夫なのだわ)
改めてそう思うと、胸の奥が苦しくなった。
苦しくて切なくて、嬉しくて泣きだしてしまいそうな、堪らない不思議な気持ちになった。
彼の横顔の向こう、空は茜に染まり、ピンク色の雲がたなびいている。
……とても、綺麗だ。
「何睨んでんだよ。謝っただろ」
じっと見ていたら誤解された。
「真太さんを見ていたわけではありません。空に見惚れていたのです」
その言葉には、半分の嘘と半分の本当が混ざっている。
「ああ。たしかに、綺麗な空だな」
蒼樹の言葉に、福田が空に視線をうつす。
「はい」
こうして二人並んで眺める空は、それだけでも特別だ。
彼と同じものを見て、同じものを綺麗だと感じる。
そんな未来があり得るなんて、想像もしていなかった。
「……ひとつぐらい、自分で持ちます」
そういうと蒼樹は、福田の左手から荷物を奪った。
「あ?遠慮すんじゃねーよ、これくらい……」
「いいんです」
荷物を左手にまわし、空いた右手で、彼の左手をえいと掴む。
「うおっ!」
蒼樹の行動に、福田は大げさに驚いた。
「こうして行きましょう」
「…………」
彼は何か言いたそうに蒼樹を見たが、蒼樹が満面の笑みで見返すと、口を噤んだ。
「……まぁ、いいか」
仕方ない、と顔にかいたまま、福田は左手の指を蒼樹の右手の指に絡める。
彼の顔が赤らんでいるのは、夕日のせいだけではない筈だ。
福田と付き合いだしてから、結婚してから知ったことが、いくつかある。
何事にも押しの強い福田だが、恋愛に関してだけは、そうでもない。広島のロミオ、だなんてうそぶいていたけれど、恋愛経験は、あまりないのかもしれない。
彼の優しさが不器用でぎこちないのは、そのせいなのだろう。
「ネーム、進んでんのか?」
尋ねられて、頷く。相変わらず会話のほとんどは漫画についてだ。
けれどそんな彼が、蒼樹は好きだ。
「はい。三話まで、描き終えました」
何度目かの挑戦になる連載会議まで、あと少し。
今度こそは、必ず通る。通ってみせる。
「絶対に、通ってみせます」
「お、頼もしいな」
蒼樹の言葉に福田が笑う。
枯れ落ちた銀杏の葉がカサカサと音を立て、足元にまとわりつく。秋の気配の漂う街を、福田と二人手をつないで歩く。
「俺もうかうかしてらんねーな。負けないように頑張らねーとな」
「そうですよ。気を抜かず頑張ってくださいね。すぐに、追いぬいてみせますから」
繋いだ手の感触が暖かくて、優しくて、くすぐったい。
幸せで、幸せで、思わず笑みが漏れてくる。
このぬくもりがある限り、蒼樹は強く、立ち向かっていける。
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