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ご来訪ありがとうございます。 バ/ク/マ/ン。の福田と蒼樹、新妻と岩瀬の二次創作を中心に公開しております。 苦手な方は閲覧をご遠慮ください。
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この話はこれで終わりです。



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晩秋の陽はかげるのも早い。
マンションのエントランスを抜けると、すでに外は薄暗くなっていた。
西の端に、茜色がわずかに残る空を見上げながら、平丸と電話で話す蒼樹の声を思い出す。
大事にされているのだと、言葉にせずとも伝わってくる声だった。
「………っさみっ」
冷えた空気に身震いし、革ジャンのファスナーを上げる。
平丸は不器用な男だが、だからこそ全力で愛情を表現する。
蒼樹を不安にさせる事もないのだろう。
二人はうまくいっている。心配する必要などない。幸せにやっている。
上着のポケットに手を突っ込み、公園の隅に止め置いたバイクを目指す。
足早に横切る公園は静まり返っており、人の気配はない。
いい事だ。何の問題もない。
そう思う気持ちは真実であるのに、説明のつかない黒い感情が、靄のように胸中を覆っている。
「………クソッ」
やり切れなさをぶつけるように、ブーツの先で地面を蹴る。
公園の柔らかい土が小さな花火のように辺りに散った。
胸の奥につかえたままの感情が、重い。
つま先に残った土を払うかのように、もう一度地面を蹴りあげた、その瞬間。
「……ちょっとぉー、待ちなさいよーぉ」
いきなり背後から声を掛けられた。
ぎょっとして振り返ると、蒼樹……に良く似た彼女の姉が、部屋着姿のまま、こちらに向かって歩いてきていた。
待て、と言っている割に自分の歩調を早める気はないのだろうか。
後ろ手に組んで歩く姿は、嫌みな程に優雅だ。 
「何か、用かよ」
むしゃくしゃした気分を悟られるのは決まりが悪い。
ようやく追いついた蒼樹の姉に、つっけんどんに尋ねる。
「ああ、用ってほどじゃないけど。ちょっと話がしたくて」
「………あんたと話してる暇なんかねー。俺はもう帰るんだよ、仕事も残ってるしな」
仕事が残っているのは事実だが、本音を言えば、この場を離れたいだけだった。
鍵をさがして上着のポケットを探るが、何故か鍵が見つからない。
訝しく思いつつ、ジーンズのポケットを探る福田を見上げ、蒼樹の姉は溜息をつく。
「情けないわねぇ。たかだか電話の一本で」
「…………っ!?」
鍵を探す手を止め、思わず見返した繊細な美貌に浮かぶのは、底意地の悪い微笑。
蒼樹ならば絶対にしないであろう、その表情。
「こそこそ、逃げ出してんじゃないわよ」
形の良い唇から零れる言葉にも容赦がない。
伸びそうになる腕を理性で必死に抑えこむ。
「……………誰が、逃げ出したってっ!?!!!」
相手が女じゃなかったら、掴みかかっているところだ。
「あら、違うの?ごめんねー。そう見えたから」
彼女は文句のつけようもないほど優雅に、美しい所作で、後ろに組んでいた手をほどき、前につきだす。
「飲む?」
細い指に掴まれた缶ビールが、鼻先に触れる。
「………………いらねぇよ!バイクで来てんだよ!!」
ひんやりとした感触を払いのけ、公園の隅……ベンチの脇に止め置いた愛車を指すと、蒼樹姉は「あら残念」と呟いた。
「へぇー。ハーレー乗ってんだ。カッコイーイ」
そう言ってバイクに近付いた彼女は、そのままベンチに腰を下ろし、手にした缶ビールのタブを開けた。
プシュッ
……あんたが飲むのかよ!
気持ち良さそうに喉を鳴らす蒼樹姉を凝視して、福田は心の中で突っ込んだ。
奇声を発する天才漫画家やら、ネガティブ思考のギャグ漫画家やら、女とピザにしか興味のないハイパーアシスタントやら、変人慣れしている福田が戸惑う程度には、蒼樹の姉は変わっていた。
なんなんだ、この女。
「ねぇ、福田」
「………馴れ馴れしく呼び捨てにすんじゃねーよ」
軽い舌打ちを付け足した福田の反応をものともせず、ベンチに座ったまま蒼樹姉は笑う。
「堅苦しいの苦手なのよね。いいじゃない、福田って優梨子と同い年でしょ。あたしよりも年下だしさ」
わかりやすく苛立つ福田を見上げる蒼樹の姉は、わざとらしく呑気だ。
「何で俺の歳を、あんたが知ってんだよ」
本音を言えば、蒼樹姉と会話などしたくない。
さっさとバイクに乗って走り去りたいところだが、『こそこそ逃げ出した』と思われるのは屈辱だ。
それにしても蒼樹の姉は、初対面の福田に、何を話すつもりだというのだろう。
「福田の話、優梨子からよく聞いてるもん」
「蒼樹嬢の話す俺の事なんて、どーせろくなもんじゃねーだろ」
毒を食らわば皿まで、だ。
福田は蒼樹姉の隣のスペースに腰を下ろす。
長い睫毛、キメの細かい白い肌、小さな顔を支えるほっそりとした首筋、風呂上りで毛先の乱れた柔らかな髪。
横から眺める蒼樹姉も、性格はともかく、外見上は蒼樹そっくりの麗しさだ。
アハハハハ。
福田の言葉に、蒼樹姉が吹きだした。黄昏時の公園に、軽やかな笑い声が響く。
「そうかもね。態度がでかくて口が悪くて気が短いって」
……あの野郎。散々世話になっておきながら。
「でも、正義漢で情熱家で仲間おもいで優しい、頼りになる人だとも言ってたわよ」
「……………あっそ」
貶されればむかつくが、褒められ過ぎると、何と返していいのか分からない。
蒼樹姉はビールの残量を確かめるように缶を振る。
「福田って、優梨子と仲良いのね」
「今日のやりとり見てりゃ、わかっだろ。仲良くなんかねーよ、会えば喧嘩ばっかだ」
「そぉ?優梨子があれだけ素を晒して男と喋ってるの、初めて見たけど」
「……俺の事を、男だと思ってねぇだけじゃねぇの」
うふふふ。蒼樹の姉は、残りが少ないのか、チビチビと缶のビールを飲みながら笑う。
「それはあるかも。福田って、優梨子の好みのタイプじゃないからなぁ。つーか、真逆?」
「俺の好みのタイプだって、あいつとは真逆だっつーの」
「まー何にしろ、仲良くしてくれてありがとね。色々相談にも乗ってくれてるらしいじゃない」
「………危なっかしくて、放っておけねぇだけだ」
平丸と付き合うようになってからも、蒼樹から掛ってくる電話の頻度は変わらない。
そんなくだらない事までいちいち相談してくんな!というような事まで相談される。
迷惑だと言えば、二度と相談して来ないのはわかっているのだが、突き離せずにいる。
「人の心配よりさぁ、自分の事は?彼女いないんでしょ?」
そういえばこの女は、蒼樹との口喧嘩を聞いていたのだった。
「…………うるせーな」
ほんとにいないんだ、蒼樹姉に呟かれる。
本当にいなくて何が悪い。
「もてそうなのに」
「もてそうじゃねぇ、もてるっつーの。俺はなぁ、広島のロミオと呼ばれてた男だぜ」
気取ってみせた福田の台詞を、「ロミオ」。蒼樹姉が反芻する。
「……今度さぁ、いい女紹介してあげようか、ロミオ」
「あんた、馬鹿にしてんのか」
「やだわぁ、ロミオったら。馬鹿になんかしてないわよー」
「ぜってーしてるだろ!」
アハハハハ、蒼樹の姉がまた笑う。言ってる事はむかつくが、弾む声は心地良い。
「怒りっぽいロミオねぇ」
彼女が笑う度、公園の空気が入れ換わる。欝屈とした気持ちが消えていく。
苦手なタイプの女だが、気持ちの切り替えが出来た事に関してだけは、感謝すべきなのかもしれない。
ぼんやりと考えていた福田の横で、蒼樹姉が呟いた。
「………ロミオというより、ヒーローだと思うわよ」
「あ?」
意味が分からず聞き返した福田を、じっと見据えて、彼女は続ける。
「悩んでたら相談に乗ってくれて、困ってたら助けてくれて、見返りは求めない。福田はヒーローだと思うわよ。優梨子のヒーロー」
その眼差しに込められた、しみじみとした憐れみに、胸が詰まる。
「彼氏いる女のヒーローなんて、損な役回りね」
透き通る眼差しまでもが蒼樹にそっくりで、直視すると苦しい。
喉が渇く。
蒼樹姉が再び缶を振る。飲み干してしまった缶からは、水音は聞こえてこなかった。
「ヒーローのままで、いいの?」
なにいってやがる。
笑おうとした顔が、引き攣ってうまくいかない。
この女は気付いているのだ。
福田の胸の内に巣食う、苛立ちの正体を知っている。
「だって、好きなんでしょ?優梨子のこと」
同じ顔で、声で、聞かれたくなかった。
「んなわけ、ねーだろ」
力なく否定するが、蒼樹の姉はなおも言い募る。
「じゃあ、なんで逃げるのよ。なんでイラついてんのよ。堂々としてりゃいいじゃない」
誤魔化せなくなる。
「………関係ねぇだろ、あんたには!」
声を荒げて言い返した途端、後悔した。
この物言いでは、肯定と変わらない。
そして認めたくはないけれど、そうじゃない方が有難いのだけれど、多分、その通りなのだ。
「………言わないの?」
尋ねる蒼樹姉の表情は見なかった。
視線を避けるように立ちあがり、バイクに向かう。
「言う必要ねぇだろ。もう終わってんだ」
恋だと気付かないまま、終わった恋なのだ。
今更言っても、困らせるだけだ。ばれないように閉じ込めて、しまいこんで、隠し通せば、いつかは消える。
風化してなくなるその日まで、素知らぬ顔でやり過ごせばいい。
「あいつが困ってたら、俺が助けてやる……けどよ、別に、あいつを幸せにする相手は、俺じゃなくてもいいんだよ」
彼女が幸せでありさえすれば。
ふぅん。
蒼樹の姉は、納得したようなしていないような、微妙な調子で頷いた。
「つまんないのー。言ってみなきゃわかんないのに」
「いや、わかるだろ。面白がってんじゃねーよ」
蒼樹の相談を受けてきた福田なのだ。彼女の気持ちなら、よく分かっているつもりだ。
帰ろうとバイクの前に立ち、はたと思い出す。
そういえば、鍵が見つからないのだった。
革ジャンを脱ぎ、逆さに振ってみるが、やはり鍵はでてこない。
「……何やってんの」
「鍵がねぇんだよ」
「もしかして、銀のホルダーのついた鍵?」
何で知ってる。革ジャンを手に視線で問えば、蒼樹姉は事もなげに続ける。
「脱衣所に落ちてたわ」
蹴られた瞬間にでも落としたのだろうか。
「………気付いてたんなら、持ってこいよ」
「忘れてたのよ」
「…………」
こいつ、やっぱりムカつく。
無言で睨みつける福田をおーこわおーこわ、と怯えてみせた蒼樹姉が立ち上がる。
「そんな顔しないでよー。取ってきてあげるから、ちょっと待っててよ」
そう言うと、空になった缶ビールを手に、彼女は歩きだし、少し歩いたところで振り返る。
「福田みたいなタイプ、嫌いじゃないわよ」
にっこり笑って手を振られた。
「……あんたに好かれても嬉しくねーよ」
言い返した福田の言葉に、彼女はまた笑う。
見送る後ろ姿もやはり、蒼樹紅に良く似ていた。




見上げた空に、太陽の名残は既になかった。
刻々と下がっていく気温に、肩が震える。
けれど冷えた空気が有難い。少しだけでも冷静になれる。
蒼樹姉はヒーローだと言うが、別に福田はヒーローではない。
助ける必要なんてないと分かっていながら、頼られているうちは傍に居ていいような気がしていただけだ。
格好の良い建前を振りかざしているのは、本音でぶつかるのが怖いからだ。
枯れ落ちた葉が風に飛ばされ、カサカサと音をたてる。
格好、悪ぃな。
そんな事は百も承知だ。
枯葉を追って視線を公園の入口に向けると、先程と同じ部屋着姿の蒼樹姉がやってくるのが見えた。彼女は、遠目に福田に気付いて笑う。
微笑みながら、手にした鍵を振ってみせる。
「おい……分かってると思うけど……あいつに、言うなよ」
一歩、二歩。
近づいてくる彼女に向かって釘を刺す。
「………何をですか?」
蒼樹の姉は、福田の言葉の意味が分からないと首を傾げる。蒼樹そっくりのその仕草。
今度は妹のフリだろうか。つくづくふざけた女だ。
「俺が、蒼樹嬢を、好きだってよ………誰にも言うなよ。約束しろ」
もし言いやがったら、女だからって容赦しねーぞ。
睨みつける福田の視線に、蒼樹の姉が石のように固まった。
「……………………え?」
彼女は忙しなく瞬きを繰り返し、言葉の意味を飲み込むと、今度はトマトのように真っ赤になった。
「え」
とても演技とは思えない反応に、今度は福田が固まる番だ。
もしかしたら……考えたくはないが、もしかしたら。
自分はとんでもないポカをやらかしたのかもしれない。 
真っ赤な顔の蒼樹の姉が、手にしたバイクの鍵を福田に差し出す。
「あの………あの、姉が、福田さんのバイクの鍵を、届けるようにと」
そう言った彼女の泣き黒子は、左目の下。
まさか。
「………あ、蒼樹嬢……か?」
茫然と受け取るバイクの鍵は、彼女の掌の温度。
「………………はい」
この女は、蒼樹の姉ではない。蒼樹嬢……蒼樹紅だ。
全身から汗が噴き出す。
先程まで寒いなんていっていた晩秋の風が、真夏の扇風機のように生ぬるく感じる。
「た、ただでさえおんなじ顔してるっつーのに、なんだって、おんなじ服着てんだよ!紛らわしいだろーが!」
完全に論点がずれたまま、福田が怒鳴れば、蒼樹もずれた論点に反論してきた。
「こ、この部屋着は、姉とお揃いで買ったものでして……っ」
「そんなの知るか!間違えるに決まってっだろ!!……つーか……本人は、どーした!」
『とって来てあげる、ちょっと待っててよ』
そう言い置いてあの女が去ったから、当然、来るのは蒼樹姉だと思っていた。
蒼樹紅が来るなんて、考えもしなかった。
「………好きなドラマの時間だから、任せると」
言い訳にもならないその言い訳に、眩暈がする。確信犯に違いない。
「あんっにゃろう!」
なんっつー女だ。
たった数十分の邂逅だというのに、印象の悪さは、蒼樹紅の初対面をはるかに越えた。
「………福田、さん……あの、今……」
「蒼樹嬢……その、今のはだな、ええと……」
あれだけはっきりと口にしてしまった気持ちを、一体ここから、何と言って誤魔化せば良いのだろう。

無い知恵を絞り言葉を選ぶ福田と、突然の告白に固まったままの蒼樹をマンション三階の窓から見下ろし、蒼樹の姉は、本日三缶目のビールを開ける。
「頑張れ、ロミオ」
余計なお世話と怒鳴られるかしら、考えたら、思わず笑いが漏れた。

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